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あるお寺の住職の話「汚いですが、コップにおしっこをしてからそのコップをきれいになるまでよく洗います。その後そのコップにお茶を注ぎ、飲む。この時に感じてしまう心理的抵抗が『穢れ』の本質なんです。おしっこがコップに残ってなくても感じてしまう。この『穢れ』が様々な差別につながってきた」
Twitter / botti184 (via rpm99)
「ソシャゲに課金するお金で何人の貧しいアフリカの子どもたちが助かると思ってるんですか」とかpostしてるやつの私生活を生中継して生活必需品以外を買う度に「あ~っと!これは大きい!」「今の衝動買いで30人は死んだんじゃないでしょうかねぇ、厳しいですよ」とか実況してやりたい
Twitter / Kunshomo (via igi)

僕の持論に、「人間は残酷な人ほど優しくなれる」というのがあります。残酷な人ってね、相手がどう思っていようか全く関係ないんだよ。相手の気持ちなんて関係ないの。自分が好きだから言葉を尽くして気持ちを尽くすんだけど、「ああ、もうこの人はこれ以上のことは伝わらないんだな」って思ったその瞬間から、一切手を引くことが出来る。未練がましい人は、相手にかけた気持ちや時間とか時にはお金に執着する。残酷な人は、そういうものは持ち合わせていない。これ以上はダメだと思ったその瞬間から、プッツリと気持ちを切ることが出来る。優しさってそういうものなんだと思うんだ。相手の状態がどうであれ、出来る限りのことを自分がする。それでもダメって思ったら、後ろ髪を引かれながらも背中を向ける。

そういうのが優しさってもんじゃないかな。私はそういう付き合い方をしたい。

「相手にこう思われたらどうしよう」を、捨てよう。 - GoTheDistance (via michi66f, realemotionaltrashbox)

2008-09-14

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305 名前:のほほん名無しさん 投稿日:2005/07/10(日) 19:57:08 ID:???
ファミレスで思い出した。

数年前、不況で俺の勤める会社がヤバくなり、リストラされた。
すぐに再就職できると思っていたが、なかなか見つからず、
仕方なく親戚が支配人をやっているファミレスに三ヶ月ほどバイトすることになった。
その時、たくさんの家族連れやカップルを見てきたが、
子供の世話ってどの家族連れも母親がするもんなんだな。
暖かい食事を持っていっても、嫁さんは子供に食べさせたりして、
暖かかった皿はどんどん冷めていく。
逆に旦那は、子供が何をしようが嫁さんの飯が冷めようがお構いなしに自分の分を平らげていく。
旦那が食べ終わると、子供の世話をする人もいれば、そのまま新聞なんかを読み出す人もいる。
どっちにせよ、暖かい食事を食べる嫁さんというのは、結構少ない。
多分、家でもこうなんだろうな。
もし、俺に子供が生まれて、外で食事する時は、俺も面倒みてやろう。
嫁さんに暖かい食事を食べさせてやろう。
そう思った。

それからしばらくして、俺は前より給料は安いものの、それなりに待遇の良い会社へ再就職した。
そして子供にも恵まれた。
ファミレスに食べにいった時、子供の世話をする嫁さんとその皿を見てふと思い出した。
「あぁ。俺、あの時の旦那と同じことしてるな」と。
「俺が面倒みるから、お前、先に食えよ」そういうと嫁さんは驚いた顔をした。
家にいても滅多に子供の面倒をみることもないから。
嫁さんは「悪いから・・・」といったが「いいから。ほら」と嫁の手から娘用のスプーンを取り、娘に食べさせた。
嫁は小さく「ありがとう」と言い、暖かい食事を食べ始めた。
嫁はいつもより早口で食事をし、俺と交替した。
俺の手からスプーンを受け取る時、「ありがとう・・・本当にありがとうね」と何故か涙ぐんでいた。
俺の皿には冷めた料理がのっていたが、それでも美味く感じた。

子供の世話ってどの家族連れも母親がするもんなんだな:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via shoka) (via konishiroku, sakuma)
2008-11-20 (via gkojay) (via jacony) (via hm7) (via matsumi) (via shortcutss) (via xlheads) (via dannnao) (via ichicop) (via one-say) (via cubeon) (via rurinacci)

ambiguitas:

10000回だめで へとへとになっても 10001回目は 何か変わるかもしれない

─────  DREAMS COME TRUE『何度でも』

今までと同じ考えや行動を繰り返して、異なる結果を期待するのは狂気である

─────  アルベルト・アインシュタイン

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